うまくいかなくても、毎日神様に祈る
INFP,HSPの田中です。さて人生はうまくいかなくても、すべては神様の思し召しととらえて、毎日を過ごすことにより少しだけ心が楽になりました。
結局はいくら、がんばってもうまくいかないものはうまくいかない。努力だけでは到底超えられない壁があることは、年を重ねるごとに身に染みて理解してくることです。
そこで、毎日祈ることにしました。
年初に、神社に厄払いにいったときにいただいた破魔矢とお札をタンスの高い位置に備え(アパートなので神棚は設置していません)、毎朝、毎晩、そこに向かって、
「今日も家族が幸せでありますように」
と家族の顔を思い浮かべながら祈り、(二礼二拍手一礼で)
「仕事がうまくいきますように、面倒くさいことがふりかかってきませんように、怒られませんように」
と願い倒しています。神様、厚かましくて申し訳ございません。
でも、
そうしないとメンタルがもたないのです。
祈ることで得られる心の安定
癖になるというか、
毎日やっていると、やらないと気持ちわるくなってしまいますが、祈りを捧げないと落ち着かなくなります。
けれども神様に祈ることで、うまくいかなくても大丈夫と思えるようになります。
月並みな表現ですが、
痛い目にあっても、
この程度で済んだ、もし祈らずにいたら、もっととんでもないことになっていただろう、と純粋に思えるようになります。
また、
不思議なものですが、願うと叶います。
逆説的ですが、
願ってもかなわないだろうことは、なぜかお守りやお札に向かって祈るときに、それを避けようとして、具体的に祈らないものです。
おこがましいことなのかもしれませんが、身の丈を鑑み、神様に向き合って祈れば、叶う、そういうことだと思うようになりました。