こんにちは、INFP-Tの田中です。
今日は、私のこれまでの苦労の人生と、それでも「幸福な未来」を信じられるようになったきっかけについて書いてみようと思います。
私の人生は、よくいえば“波乱万丈”、
悪くいえば、“失敗と後悔の連続”でした。
幼い頃、私は体が弱く、病院と自宅を行き来するような生活が長く続きました。
身長も伸びず、いわゆる“標準的な健康な子ども”という枠には、どう頑張っても入れなかった。
それでも周囲は「強くなれ」と言います。
中学に入ると、望んでもいない運動部に強制的に入部させられ、
血反吐を吐くような練習に明け暮れました。
高校でも同じように、断る暇もなく運動部へ。
体格的にも精神的にも苦しかったけれど、やりきりました。
本音を言えば、「もう嫌だ」なんて何度も思っていた。でも、誰にも言えなかった。
大学は、祖父母と両親が汗水たらして稼いだお金で通わせてもらいました。
でも私は、心がそこに向いていませんでした。
気づいたら、たった半年で中退。
それからは料理の道へ。でも、これも一年半で挫折。
税理士、弁護士、夢のような肩書きに憧れ、アルバイトで食いつなぎながら勉強しましたが、25歳で限界を感じて手を引きました。
「何をやっても長続きしない人間だ」
「両親の期待に応えられなかった報いだ」
そう、自分を責め続けるようになりました。
その後、私は“やりたくない営業職”として契約社員の道を選び、13年。
営業は苦手でした。とにかく人との関係構築が難しい。
吃音もあり、思い通りに話せない場面も多々あります。
それでも、生活のために、家族のために、毎日頑張り続けました。
30代に入り、ようやく正社員として認められる職に就くことができました。
この時、私は“やっと報われる時が来た”と感じたんです。
でも、ふと考えることがあります。
「もし高校時代に、自分が本当にやりたかったプログラマーを目指していたらどうだったんだろう?」
「もっと早く、楽に、幸せを手に入れられていたのではないか?」
そう思うと、今までの苦労が“罰”のように思えてしまうことがあります。
親を裏切った報いなのではないか。
私は、自分自身にそう言い聞かせながら生きてきた節があります。
でも、最近になってようやくわかったんです。
苦労は、罰ではなかった。
むしろ私は、どれだけ遠回りしてでも、
“人間らしい生き方”を貫こうとしてきたんだと。
楽な道を選ぶこともできたのに、
不器用でも、納得できるまで、
自分の道を歩こうとしてきた。
それが、INFPという気質なんだと思います。
私たちは、目先の成功よりも“意味のある人生”を選びたくなる。
だから、挫折も多いし、回り道もする。
でもそれは、「本物の幸せじゃなきゃ嫌だ」と叫ぶ心があるから。
最近、「苦労の報い」が少しずつ“赦し”へと変わっていくのを感じています。
この仕事も、人と接することが多くて大変だけれど、
たまに「ありがとう」と言われると、
それだけで、過去の涙が報われる気がします。
私の人生は、決してスマートではなかった。
でも、そのぶん深く、静かに、豊かに育ってきたものがある。
それに気づいた今、これから先の未来がとても楽しみです。
だって私は、もうすでに苦しみ抜いた人間だから。
これからはきっと、“報われる番”なんだと信じられるから。
もし、この記事を読んでいるあなたが、
過去の失敗にとらわれて苦しんでいるなら、
私は、こう言いたい。
「あの時の自分を、どうか許してやってください。
そしてこれからの自分に、少しだけ期待してあげてください。」
遅咲きの人生にも、ちゃんと意味がある。
そしてそれは、あなただけの美しい花を咲かせるための時間なのです。