INFP人生記

著者:MBTI診断INFP-T/男/家庭持ち/1980年生/吃音/HSP/営業職

コミュ障は治らない?それでも人とのつながりを見つける方法

コミュ障は治る?治らない?コミュニケーションと「心のつながり」について考える

こんにちは、INFP田中です。今日も元気に(?)コミュ障やってますか?

さて、今回は永遠のテーマである「コミュ障は鍛えられるのか?」について考えてみたいと思います。結論から言うと、私の見解としては、コミュ障そのものは一生変わらないということです。ただし、コミュニケーション能力(いわゆる『コミュ力』)は鍛えられると思います。

少し矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、ここに小さなようで大きな違いがあります。

コミュ力は鍛えられるけれど、会話を「楽しむ力」は天性のもの

人間というのは、反復練習を通じて多くのことを学習します。たとえ話が苦手でも、練習や実践を重ねることで「会話の技術」を身につけることは可能です。いわゆる「場数を踏む」といわれるのはこのためです。

私の経験でも、会話の場にたくさん出ることで、どう話を切り出し、どう反応すれば良いかなど、会話を「うまくやり過ごすための引き出し」は確かに増えました。つまり、コミュ力を鍛えることはできるのです。

ですが、ここで重要なのは、「会話を心から楽しむ力」は別物だということです。会話が上手にできるようになっても、心の底からそれを楽しめるわけではありません。例えば、飲み会に出席しても、「会話を続ける方法はわかっているけど、やっぱり面倒だな…」と感じてしまうのです。

コミュ障の会話は「仮面」をかぶった演技

会話は、表面的なスキルとしては向上させられますが、私たちコミュ障は、どうしても「自分を守るための仮面」をかぶっているような感覚が抜けません。上手く立ち回れるようになっても、心のどこかで無理をしている感じがあるのです。

この「無理をしている」感じは、例えばRPGのゲームで魔法を使うとポイントが減るような感覚に似ています。本来、会話や人付き合いというのは、人との関わりでエネルギーをもらい、自分も元気になるものだと思いますが、私たちにとってはむしろエネルギーを消耗してしまうのです。

つまり、「社交の場が楽しい」と感じる境地には、コミュ障がいくら努力しても到達するのは難しい。私たちは「会話が楽しめないけど、なんとかこなす人」、それもまた一つのコミュ障としてのスタイルです。

唯一「心から話せる」相手は趣味の仲間

しかし、コミュ障でも心が通じ合える仲間がいないわけではありません。それが「趣味仲間」です。

趣味が合う相手とは、共通の興味を通じて心の底でつながる感覚があるため、何か特別な力を使わなくても自然に会話が生まれます。学校や職場のような環境では、生活のためや義務として集まるため、必ずしも心が一致するわけではありませんが、趣味仲間の場合は互いに共通の目的があるため、共感や心地よさが生まれやすいのです。

「でも趣味なんてないし…」と思う方もいるかもしれません。しかし、趣味というのは大袈裟なものである必要はありません。休日にカフェ巡りが好きだったり、散歩が好きだったり、映画を見るのが好き…そんな何気ないことでも、同じ興味を持つ人と話すときには自然に心が通い合うものです。

趣味仲間は、コミュ力を使わずに「つながれる」存在

趣味仲間との会話では、不思議と「うまく見せよう」と無理する必要がなくなります。たとえ会話がかみ合わないことがあっても、どこかで気持ちが同化していくものです。「話が途切れたらどうしよう」という不安がなく、いつの間にか自然体で話ができている感覚に驚くかもしれません。

そんなふうに、コミュ障でも「共通の趣味」を通じて心の安らぎを感じられる場は、確実に存在します。無理に「誰とでも楽しく会話できる自分」にならなくても、趣味を通じて少しずつ自分の心を開ける場があれば、それだけで十分です。

まとめ:会話は楽しめなくても、つながれる場所があればいい

コミュ障が「会話を楽しめない」と悩む必要はありません。大切なのは、無理をせず、自然体で心からつながれる場所や相手を見つけることです。学校や職場などの場では、「無理してでも会話をこなす」ことも時には必要ですが、趣味仲間や共通の興味を持つ人たちとなら、コミュ力に頼らずに心からつながる経験ができるはずです。

だから、「コミュ障が治らない」と悲観せずに、自分が心から楽しめるものを見つけていきましょう。そして、その趣味や好きなことを分かち合える仲間が見つかったとき、きっと本当の意味での「つながり」を実感できるはずです。

あなたが楽しく話せる場が、きっとどこかにあります。それを信じて、今日も無理せず、自分らしく過ごしていきましょう。

 

※※

コミュ障の森

深い森の中、
言葉は鳥籠の中に閉じ込められた。
声を出すたび、
鍵穴が遠ざかる。

仮面をかぶり、
円卓の騎士に加わる夜、
「やあ!」と言ったその瞬間、
空気は石になり、
沈黙がコーヒーを冷ます。

コミュ障たちは会話を稽古する。
魔法を唱えるように、
失敗するたびに、
MPが減るのを感じながら。

けれども、ある日、
森の中で趣味の灯火が見えた。
「映画が好きです。」
それは小さな声だったけれど、
灯火は輝き、
その光に向かって鳥が飛び立った。

仮面はひび割れ、
空気は花畑に変わり、
彼らの森は広がっていく。
そこにあるのは、
会話の技術ではなく、
心から通じるつながりの道。