叱れないけど、何か?コミュ障が生み出す「平和の力」を信じよう
こ、こんにちは。コミュ障なブログ管理人です。みなさん、今日も元気にコミュ障していますか?
さて、今朝のニュース番組「とくダネ」で興味深い特集がありました。それは「叱れない人が増えている」という内容でした。時代背景には、モンスターペアレントやパワハラ問題、人権意識の高まりなどがあり、「叱る」という行為そのものが昔に比べてタブー視されがちになっています。そのため、叱ることに対して抵抗を感じる人が増えているのです。
叱れない人たちが増えた理由
最近は「叱る」よりも「褒めて伸ばす」「コーチング」といったソフトな教育が注目を集めています。本屋には「叱る技術」といった書籍も並び、叱ること自体がスキルと見なされています。こうした風潮から、叱ることが特別で難しい行為に感じる人が多いのも納得です。
そして、現代社会では「叱らない」ではなく「叱れない」という傾向が進んでいます。「とくダネ」の特集によれば、多くの現代人は人間関係において「面倒なことに関わりたくない」という心理が強く、注意や指摘を避ける傾向があるようです。例えば、公共スペースで子供たちがボール遊びなどをしていても、注意せずに見て見ぬふりをする人が多いことが実験でもわかりました。叱ること自体が「何かエラそうだ」という風に見られがちな時代なのです。
叱れないのはコミュ障の特徴でもある
実は、この「叱れない」という現象は、コミュ障の特徴でもあります。叱るという行為には、相手に不快感を与えずに的確に指摘する高度なコミュニケーション能力が必要です。人を笑わせたり軽く雑談することは演技でなんとかできますが、「叱る」ことは難しい。コミュ障の人にとって、相手との応戦や真剣なやりとりの中で冷静さを保つのは、心のストッパーが働き、パニックになってしまう原因にもなるのです。
叱れない人は出世しにくいのか?
「とくダネ」では、叱れない人は出世が難しい、ということも取り上げられていました。実際、組織の中で部下をうまく指導できない人は、たとえ自分の仕事ができても上層部から見て「頼りない」と評価されがちです。コミュ障であるために人間関係を円滑にするのが難しいと、どうしても役職が上がらない現実もあるのです。
本屋には「内向的リーダーが成功する」といった書籍もありますが、実際の職場でそれが通用するかは別問題。筆者自身も内向的な性格で営業をしてきましたが、周囲の「堂々と指示を出せる」タイプの方が上層部から注目される、という現実を実感しています。
叱れない自分を肯定する
では、叱れない人はどうすればいいのでしょうか?私自身の考えとしては、「叱れない自分」を無理に変えようとせず、それを一つの性格として受け入れることも大事だと思います。「とくダネ」の特集では、叱れない人の原因は「他人への興味がないから」と分析されていましたが、これもコミュ障の特徴であり、無理に治そうとする必要はないかもしれません。
他人を叱ることができないというのは、優しさや相手へのリスペクトの現れでもあります。ですから、他人を叱る代わりに、相手の良いところを認め、傷つけない形でのコミュニケーションを意識することが大切です。時には、自分の行動が社会にとっても役立っていると考え、「争いを避ける」というスタンスを貫くことで、自分のプライドとして肯定するのです。
コミュ障は平和に貢献できる存在
世間で「叱れない」ことが問題視される中、コミュ障は新しい視点で社会に貢献しているとも考えられます。確かに、戦争や争いごとがなくなることを重視する現代では、コミュ障的な「争わない、傷つけない」という性質は非常に価値があるのです。
例えば、「叱れない人が増えれば社会が乱れるか?」と考えると、必ずしもそうではないかもしれません。むしろ、人々が叱られることなく、自らのペースで成長していける社会が形成されるかもしれません。「コミュ障」はリアルの世界では争いを避け、周囲の空気を読んで穏やかな関係を保つ存在なのです。
つまり、戦争のない平和な世の中を目指すなら、コミュ障的な性質はむしろ大切にされるべき要素です。イキイキとした社交的な世の中で人間関係の争いが絶えないのか、もしくは内向的な人々が増えることで、穏やかな秩序が保たれるのか──その答えは時代が決めるのかもしれません。
まとめ:「叱れない」自分を大切にしよう
「叱れない」「他人にきついことが言えない」と悩む人は、むしろそのままで良いと考えてみてください。あなたの優しさや穏やかさは、必ず周りの人にも良い影響を与えています。そして、その優しさは、実は今の時代が求めている平和に繋がっているのかもしれません。
「叱ることができない」というのは、決してマイナスではありません。他人をリスペクトし、穏やかな関係を築くことで、周りに平和と安心をもたらしているのです。自分らしさを大切にし、叱れない自分を受け入れて、平和の力を信じて生きていきましょう。
※※
叱れない人々の街
その街では
誰も声を荒げない。
風が吹けば、落ちた帽子をそっと拾い、
雨が降れば、誰かの傘の端を分け合う。
怒声のない広場では、
石像の獅子すら微笑みを浮かべている。
怒りはどこへ行ったのか?
それは、地平線の彼方で眠っている。
「叱る人はいないんですか?」
旅人は尋ねる。
街の人々は笑う。
「叱る必要がないんです」
子供が花を摘んでも、
老人が道を間違えても、
誰も非難しない。
ただ静かに、
正しい道へ誘う風が吹くだけ。
街の中央にある噴水の水は、
叱らない涙でできている。
それは穏やかに光を反射し、
街全体を包むように輝く。
この街では、
争いは罪、怒りは過去。
叱れない人々が織りなす世界は、
ただひたすらに、
平和の果てを見つめている。