本能は命令ではない
こんにちは。INFPの田中です。
今日は、少し勇気のいる話を書きます。
人によっては、「そんなことを書くな」と思うかもしれません。
でも、人間の心というものは、きれいごとだけではできていません。
だから今日は、少しだけ、自分の心の中を見せます。
46歳になっても、本能は終わらなかった
私は結婚しています。
子どももいます。
家族を失いたいとは、一ミリも思っていません。
それなのに、ある出来事をきっかけに、自分でも驚くほど強い情欲に襲われるようになりました。
恋愛感情なのかと言われると、少し違います。
もっと、生物としての本能に近いものです。
昼間なのに、頭の中がそのことでいっぱいになる。
自分で自分に呆れるほどです。
正直、気色悪い。
人間は、届きそうなものに弱い
考えていて思ったことがあります。
人間は、本当に手の届かないものには、案外冷静でいられます。
夕陽がどれほど美しくても、「欲しい」とは思いません。
決して手が届かないと分かっているからです。
でも、冬の屋台のおでんは違います。
のれん一枚向こうにあって、財布の中のお金で手が届く。
だから、あれほどおいしそうに見える。
欲望は、距離が近いほど強くなる。
そんな気がしています。
そして、そんな傲慢な自分、「望んで手に入りそう」と思っているんだろう自分が情けなくなるのです。
脳は、ときどき勝手に暴走する
恥ずかしい話ですが、「聖人君子」という言葉を見ても、脳が勝手に下品な方向へ変換してしまうほどでした。性、、
「何を考えているんだ、自分は。」
そう思うたびに、またそのことを考えてしまう。
頭の中にいる何かが、自分を乗っ取ろうとしているようでした。
おそらく脳は、一度火がつくと、そのテーマばかりを拾い集めるのでしょう。
理性では止められない速度で、本能だけが走り出す。
深酒と、野生のフグ
ある日、ようやく言葉になりました。
これは、野生のフグを食べるような感覚なんだ、と。
きっと、おいしい。
一瞬の快楽はあるのでしょう。
でも、その先には毒が待っています。
いや、もっと正確に言えば、麻薬や覚醒剤に近いのかもしれません。
深酒に慣れてくると、飲みながら思うことがあります。
「ああ、これは明日ひどい二日酔いになる。」
「地獄を見る。」
それでも、心と体は"今"しか見ていない。
欲望も、きっと同じです。
その瞬間だけを見れば幸福なのかもしれない。
でも、その後には家庭、仕事、信用、自尊心、、
そういうものが決壊する未来が待っています。
私は、その未来を想像できます。
だから、自分に言い聞かせます。
ダメ、絶対。
理性は、本能を消してはくれない
若い頃は思っていました。
大人になれば、理性が本能に勝つのだと。
でも違いました。
理性は、本能を消してくれるものではありません。
本能は、いつだって存在します。
理性がしてくれるのは、ただ一つ。
人生のハンドルを握り続けること。
アクセルは踏みたがる。
でも、ハンドルだけは渡さない。
それが理性なのだと思います。
欲望を「運命」と呼ばない
私は何度も、「情けない」と思いました。
でも最近、少しだけ考え方が変わりました。
情欲が湧くことは、自分では選べません。
体を打てば痣ができるように、休めばまた走りたくなるように、本能は人間の一部です。
選べるのは、その後の行動だけ。
だから私は、欲望を「運命」と呼ばないことにしました。
「これは本当の恋だ。」
「運命の相手だ。」
そう言い始めた瞬間、人は自分を正当化し始めます。
私は、そうはなりたくありません。
今日も、本能は消えていません
この記事を書いている今も、本能は消えていません。
たぶん、明日も残っているでしょう。
でも、それでいい。
本能は命令ではありません。
ただの衝動です。
私は家族を守りたい。
積み上げてきた人生を守りたい。
だから今日も、自分に言います。
ダメ、絶対。
本能は消せない。
でも、人生のハンドルだけは、最後まで自分で握っていたい。
たぶん、人は本能があるから人間なのではない。
本能があっても、それでも何を選ぶかで、人間になるのだと思う。