こんにちは、INFP-T田中です。今日は、ある雨の日の出来事を、私の心の動きと共に記してみたいと思います。これはごく普通のウォーキング中に起きた、けれども私にとってはちょっとした道徳的ドラマとも呼べるような、小さな一幕でした。
雨の中、外壁を登る蛇
それは湿った午後、私は傘をさしながら近所の道を歩いていました。雨粒の音と、草の香り、そしてどこかひんやりとした空気の中で、ふと視界の隅に動くものがありました。見ると、それはなんと、1メートルほどの大きさの蛇。まさにその蛇が、1メートルほどの高さの外壁を器用に登って、民家の敷地内に入っていくところだったのです。
生まれてこの方、あれほど大きな蛇を間近で見たのは初めてでした。一瞬身を引いたものの、冷静になってよく観察すると、おそらくアオダイショウだとわかりました。毒はなく、おとなしい性質の、日本ではよく見られる蛇。むしろ昔から「家の守り神」として大切にされてきた存在です。
傘で振り落とすべきか? 道徳的ジレンマ
とはいえ、蛇が人の家に入るというのはあまり穏やかなことではありません。その家には犬がいるようで、もしかしたら犬が吠えて知らせてくれるかもしれない……。でも、それに気づかないでいると、驚かれたり、あるいは危険を感じるかもしれない……。
このとき頭をよぎったのは、「私が傘で蛇を振り落としてあげるべきか?」という問いでした。しかし、蛇に傘で触れるというのは、私自身も恐いし、蛇にとってもよくないかもしれない。それに、怪我をさせてしまう可能性もある。結局、私はその選択肢を諦めました。
ピンポンして知らせるべきか?
次に思ったのは、「家の人に知らせてあげるべきか?」ということでした。蛇が入っていったことを伝えれば、注意もできるし、何か対処もできるかもしれない。でも、その時点で私はすでに雨の中、知らない家の前で5分ほど立ち尽くしていたのです。
もし私がその家の住人で、突然知らない人が傘をさしてインターフォンを鳴らしてきたら……? 驚くのは間違いないでしょう。最悪、不審者と思われてしまうかもしれない。日本という社会では、見知らぬ訪問者に対して慎重になるのはごく自然な反応です。
私は迷った末、何もせずその場を離れました。心に小さなわだかまりを残しながら。
善意とカルマについて
帰宅してからも、その出来事は私の心の中で繰り返されました。「私はあの家の人に、悪いことをしてしまったのではないか?」「これがカルマになってしまうのでは?」と。
でも、後になって調べたところ、やはりあの蛇はアオダイショウであり、基本的には無害であるとのこと。そして、家に蛇が現れることは縁起が良いとも言われていることを知り、少しだけ心が軽くなりました。
そして何よりも、私がその場で「どうすれば良いか」を真剣に考え、誰も見ていない中で「立ち尽くして待つ」という選択をした自分を、少しだけ誇りに思いました。
行動には表れなかったけれど、心の中では確かに、誰かのために何かをしようとしていた。それがINFP気質であり、私なりの“静かな優しさ”だったのかも、、と自分を慰めました。
その後の流れと、不思議な幸運
不思議なことに、それ以降、私のまわりでは小さな「いいこと」が続いています。思いがけない人から感謝の言葉をもらったり、仕事でスムーズに物事が運んだり……。
もしかすると、あの蛇との出会いが何かの“しるし”だったのかもしれません。あるいは、あの時感じた心のざわめきが、何かを変えるきっかけになったのかもしれません。
まとめ:声に出さない優しさも、世界に届いている
この体験から、私は「行動に出なかった善意」について深く考えました。行動しなかったからといって、心の中のやさしさまで無価値になるわけではありません。
私たちINFPは、とかく内面の感情や倫理観に重きを置きすぎて、自分を責めがちです。でも、ほんの一瞬でも「誰かのために」と思ったその心は、たとえ行動に表れなかったとしても、きっとどこかに届いている。そんなふうに思えるようになりました。
だから私は、あの日の自分にこう言ってあげたいのです。
「雨の中、ありがとう。あなたのやさしさは、ちゃんと生きているよ」と。