INFP人生記

著者:MBTI診断INFP-T/男/家庭持ち/1980年生/吃音/HSP/営業職

ディズニーランド未経験で何が悪い?「社会的ひきこもり」の私が考える本当の幸せ

こんにちは、ADHDグレーゾーンでHSP、そしてINFPの田中です。

突然ですが、私は一度もディズニーランドに行ったことがありません(40代の今でも)。それどころか、住んでいる場所から大きく外に出た経験もほとんどないのです。

「ディズニーランド行ったことある?」という質問を受けるたびに、まるで宇宙人を見るかのような反応をされるのが常です。どうやら、ディズニーランドは「行ってて当たり前」の場所らしく、行ったことがないと言うと驚かれるどころか、社会的に不完全な人間だとでも言われた気持ちになります。

「行ったことない」が許されない社会の窮屈さ

世の中には、一定の年齢になれば「これくらいの経験はしているはず」という暗黙の了解があります。

  • 海外旅行の経験がないと「宇宙人を見るような目」で見られる。
  • スポーツの話題についていけないと「本当に日本に住んでいるの?」と言われる。
  • ディズニーランドに行ったことがないと「信じられない!」と驚かれる。

私のように興味がない人間からすれば、これらは「社会的に期待されるイベント」として押し付けられているように感じます。自分の興味や関心を優先することが、なぜ許されないのでしょう?

「社会的ひきこもり」という新しい概念

ひきこもりというと、物理的に家から出ない人を思い浮かべるかもしれません。しかし、私は別のタイプのひきこもり――「社会的ひきこもり」だと思っています。

社会的ひきこもりとは、一見普通に働き、家庭を持ち、社会生活を送っているように見えて、実は地元や生活圏にしがみつき、外に出ようとしない人を指します。

金銭的な事情や外への興味の薄さから、旅行やイベントへの参加を避け続けてきた結果、私のように「年齢に応じた社会経験が極端に少ない人間」になってしまうのです。

ディズニーランド未経験でもいいじゃないか

私は40歳を目前にして、ディズニーランドに行ったことがありません。これが異常だと言われるのは分かっていますが、正直なところ興味が湧かないのです。

ただ、その一方で「行かない選択をしたこと」への罪悪感や、遅れを取り戻せない焦燥感が心の片隅にあります。これが、「社会的ひきこもり」としての私が抱える葛藤です。

本当の幸せとは何か

最近、私はこう考えるようになりました。

本当の幸せは、社会の期待や「こうあるべき」というプレッシャーに振り回されることではなく、自分自身が心地よいと感じる選択をすることではないか、と。

もちろん、新しい体験をすることで得られる楽しさもあるでしょう。でも、それが本当に「自分がやりたいこと」なのかを一度立ち止まって考えることが大切です。

私たちは自由に選んでいい

ディズニーランドに行ったことがない、海外旅行に行ったことがない、スポーツの話題に疎い――これらは社会が決めた「普通」から外れているだけであって、私たち自身の価値を決めるものではありません。

自分のペースで、自分の興味があることを選んで生きていけばいい。無理に周りに合わせる必要はありません。逆に、興味が湧いたときには、年齢やタイミングを気にせずに一歩踏み出せばいいのです。

まとめ

ディズニーランドに行ったことがない人間がここにいます。でも、それがどうした?そう思えるようになったのは、少しずつ自分自身を受け入れられるようになったからです。

「普通」という概念に縛られず、自分が幸せだと思える選択をしていきましょう。それが、私たちが生きやすくなる第一歩なのだと思います。