こんにちは、INFP-Tの田中です。
私はよく「無口な人」だと見られます。そして実際、あまり話しません。それは、特に三人以上の場にいるとき、どのように立ち回るべきか分からなくなってしまうからです。一歩踏み出して話してみようと意識しても、次の話題に移ってしまい、タイミングを逃してしまう。これを繰り返すうちに疲れ果て、また黙り込んでしまうのです。
でも、「無口」という言葉には何か棘があるように感じるんです。直接言われなくても、人づてに「田中さんって無口だよね」と聞こえてくると、まるで自分が大人として未完成だとか、人として価値がないと言われているように思えてしまいます。それが悲しく、辛く、心がふさがってしまう。
だから私は、ネットで「無口な人 好き」「無口な人 素敵」なんて検索して、自分を慰めることがあります。無口であることが何かの魅力になるなら、それを信じてみたいのです。
しかし、実は私たち「無口」な人間も、心の中ではとても忙しいのです。頭の中ではあれこれ考え、シミュレーションをしている。言葉にしない分、感受性や思考の深さがあるのかもしれません。
心理学的には、無口な人は内向型の性格に多いと言われています。例えば、MBTIで言うと私はINFPです。この性格タイプは深く考えたり感じたりすることを得意としますが、それが言葉になるまでに時間がかかることがあります。外向型がその場で感じたことを即座に言葉にできるのに対し、私たちは言葉を慎重に選びます。
さらにHSP(Highly Sensitive Person)としての特性も加わると、人の視線や空気感に敏感すぎて、発言するタイミングを見失うことがよくあります。私の頭の中では、「今話すべき?」「この内容で合ってる?」といった確認がぐるぐる巡り、結果的に何も言えなくなるのです。
でも、無口でいることは決して悪いことではないと、最近は思えるようになりました。静けさには力があります。そして、無口な人には深い洞察力や観察力があります。
私たちが「無口だね」と言われて傷つく理由は、自分が否定されていると感じるからでしょう。しかし、本当は私たちの静けさが持つ価値をもっと認識していいのではないでしょうか。私もまだ完全にそう思えるわけではありませんが、少しずつ自分の特性を肯定できるようになってきました。
同じように無口で悩んでいる人がいたら伝えたいです。私たちはただ言葉を慎重に選びたいだけであり、その分深く考えているんです。無口でいることを悲観せず、むしろ自分の強みとして捉えるきっかけにしてほしいと思います。
40歳の中年になっても生きづらさを感じる私ですが、それでも少しずつ前を向いて歩んでいきます。このブログが誰かの心に響けば嬉しいです。