INFP型・HSPのブログ

MBTi診断INFP型でHSP、40代家庭持ち営業マンの日記

エスカレーターで前の人のキャリーバッグが倒れてきて危なかったのにこっちが謝った話

残念な話です。

出張するために駅のエスカレーターに乗ったときの話です。

 

私は基本的に時間は守ります。やはり気が小さいので、待合時間にはできるだけ遅れたくないからですね。 あの、遅れたときに、「遅くなりました〜、さーせん、ちわ〜っす」というノリが私にはできません。

ですから、

早く行ってゆったりと、待ちたいたちです。

だからワタシは駅で人にぶつかったりといったようなトラブルは起こさないたちです。せいぜい、自分で時刻表や路線を間違えるくらいのプチトラブルくらいなのです。

しかし、

トラブルというのは相手があること。

先日、起きた、駅でのトラブルの話をします。

 

いつも通り、余裕を持って駅に到着し自分のペースを守ってエスカレーターに乗った私でありました。

いつもより空いていたので、やはりゆったりと駅のエスカレーターに乗れたぞというところですが、まあさすがに誰かはいるわけです。

私の前に一人、キャリーバッグにビジネス鞄を載せて固定した、ビジネスマンだか教員だか分りませんが、ビジネスカジュアルな恰好をした背丈のガッチリとした中年男性がエスカレーターに乗っていたわけですね。

 

その男性は、手元の切符を凝視しながら、自分の後方つまり一段下で私の前方にそのガッチリ荷物のキャリーバッグを載せて上がっていったわけです。

すると!

そのエスカレーターの中腹あたりでおもむろにその男性のビジネス鞄付きキャリーバッグが後方つまりワタシの方に倒れ掛かったわけです。

傾きかけたその瞬間ワタシの頭の中はアドレナリン出まくりで、まるでそのキャリーバッグにハエがとまるかのごとくゆっくりと見え始めたのです。

これはまずい。

傾斜20度あたりでふとそのビジネスカジュアルな男性を見ると、もう全然気づく気配がない。

 

どうしよう。

 

このままよけてしまおうか。

 

さすればそのキャリーバッグはそのままダラダラと下側に転がっていくだろうし、また、その後、私は無言で、その男性に対し、その不注意に対する仕返しができるのです。

そう、おそらくその荷物は、エスカレーターの無慈悲なルーティンの動きにより、自然界の法則に則り、グデングデンと転がり落ち、それを捉えるためにその男性はぶざまに手を伸ばし、果てしなく追いかける情けない恰好をお披露目することとなり、それを私は傍観し、冷徹な視線を送るという仕打ちを与えることができるからです。

 

・・・、

が、

 

私にはそれができませんでした。

やおら倒れてくるその荷物をもし私が無視すれば、その荷物は転がり、もしかすると私の後方にいる人に当り転倒し、その連鎖でドミノ倒しとなり大惨事になるかもしれない、

いや、でも待てよ。

そもそもその荷物を私が仮に受け止めた場合も、すでにその重量を外観から見て推測できるほどの量、これを今の体力のない、コミュ障な自分が(←まぁこれは関係ないのですが)受け止められるのか、と、その一瞬で思案しまくったわけです。

アドレナリンは出ており、その傾きがいよいよ45度に差し掛かったあたり、もうあとこのまま放置していればワタシに接触すること間違いなしのこの状態からもひたすら思案しました。

で、

結果、

もはやよけきれない、反射神経にはわりと自信のある私でも、もうさすがにこれはよけきれないと悟り、覚悟を決め、エイヤーと、地球を破滅させる巨大隕石を命と引き換えに人知れず打ち砕くヒーローのように受け止めようとした、というかもうそうせざるを得ないところまでキャリーバッグが倒れてきたのです。

あ、ヤヴァイ。

私はそのキャリーバッグの衝突を受け止めると同時に、物理に法則により、後方によろめきました。

倒れる。

ふんばりました。

すると、無事、そのキャリーバッグもエスカレーターに落ちきり、静かに安定したのです。

 

で、ふっと見上げると、このクソオヤジがまだ自分のバッグが後方に倒れたことに気が付いておらず、相変わらず手元の切符を見つめているのです。さすがにコミュ障の私もこれは言わねばと、心の準備をして、第一声、

・・・、とここでやっとそのクソオヤジが気が付いたのです、どうやら自分の不注意で荷物が後ろに倒れてしまったのだと。

これ、

もし、ワタシがその荷物により後方に転倒していたら惨事になっていた可能性ありです。またその後ろにさらに人がいたならドミノ倒しで大惨事になっていた可能性のある重大危険性をはらんだ案件なわけです。

 

これ、怒っていいですよね? いくら聖人君子でもこういうことに対してニコニコとしているのは正しくないですよね? だってここで怒ることは無駄ではないはずです。そうすることでその人は今後エスカレーターでそんな不注意を働かないように気をつけるであろうからです。

よし、怒れ。

 

・・・、意を決して言葉を、私は発しました。

 

 

 

「だ、大丈夫、で、ですか?」

 

 

 

意味わからん。

これ全然意味わからん。

被害者ぞ?

私はややもすればそのキャリーバッグにより、転倒し、脊髄を折り、その半生を車いす生活という状態になっていたかもしれぬ危機にあったわけです。

それを、

なぜ、

私は、先方に謝ったのだ?

 

その次の瞬間、キャリーバッグをその不注意により倒してしまったそのおっさんは、

「あ、申し訳ないです」

とだけ残して、きまり悪そうにその荷物を拾いなおし前方に持ち直しただけでした。

 

ああ、

神に問う、これは美徳なりや?

 

もうひたすら自分が情けなくて、自分に憤慨しました。でもそれはワタシが悪いのです。コミュ障だから。 コミュ障で、そうやって公明正大な発言権利を与えらたその瞬間でさえも、自分が嫌われるのが怖くて、ものがいえないのです。

情けない。

当然、そのあと、妄想の中で仕返ししたことは言うまでもありません。

想像の中で自分がその人をメチャクチャにするのです。暴言を浴びせて殴る。という妄想をしているうちにさらに、なぜ自分がその時なにもできなかったくせに後になってこうもウジウジと心を悩ませるのかということに情けなくなるのです。