みんなどうやって生きているのか分からない
こ、こんにちは。これを書いている今、花粉症で目を掻いています。かきまくりです。花粉症ツラいですね。でもムズ痒い目鼻や止まらないクシャミも、なぜか変に癖になってしまって、掻いた後に少し楽になる感じ、クシャミした後に一瞬スッとする感覚が愛おしい自分もいるのです。ツラいのに、それを求めている、これがワタシのMっ気であり、もしかすると、この世を生きづらく感じ苦しい思いをしているのも、もしかするとワタシが潜在意識で望んでいることなのかもしれません。
常に何か心につっかかるものがあって目の前のことに集中できず耐えず何かを憂いている、そんな調子ですからワタシは気が利かず人間として垢抜けないボサッとした人間になっております。
そして、こんな境遇の人って、結構な数いると思います。ワタシだけじゃない。でも、さっと社会を見渡す限り-もっともワタシの針の穴くらいの狭い見識で覗く世界は極小なんですけれど-割りと皆、涼しく軽やかに、明日に希望を持って生きているような方たちばかりに見えるのです。音楽隊が街中を陽気なメロディーを奏でながら行進していくような、そんな楽園に他の皆は生きているように見えるのです。
もっとも、ワタシの場合も表面上は取り繕って生きていますが、心の中では黄泉の国の亡者の行進さながらにヘトヘトにくたびれ這いずり回るような泥沼の世界を生きております。このブログの更新が途絶えたら、あっちの世界で行進していると思って下さい。
ただ、それにしても、ワタシみたいなタイプの人間は、みんなどうやって生きているんだろう。
こう、疑問に思えてやまないのです。
人間だらけの魔の学生時代を乗り越えても、今度は辛辣な社会という地獄が釜で湯をグラグラと沸かせながら待ち受けているのです。具体的には、
内向的で内気で気弱な人たちは皆、どんな仕事をしながら生きているんでしょうか。
世の中、ツラいもんだ、ツラいからこそその対価として報酬を貰うことができるんだ、生きることができるんだといいますが、この世が痩せ我慢対決の世界ならば、もう何のために生まれてきたのかと心が折れてしまいます。