INFP型・HSPのブログ

MBTi診断INFP型でHSP、40代家庭持ち営業マンの日記

親友にも次第に気を遣いすぎるようになって疲れる、そして疎遠になる

こんにちは。MBTI性格診断INFP型な管理人です。

さて、本日は友達という深遠なる世界の話です。

誰でも一番仲のよい友達というのは存在して、それを親友と呼ぶとします。

私にも過去2人くらいそういう存在がいました。

小学校、中学校と同じ親友、高校からは新しい親友、と、親友というものがどういうものなのか定義はできませんが、少なくとも、その友人もまた私との時間を一番長くとってくれていましたので、彼にとってもまた私が親友だったのではないかと推測しています。

俺たち親友だよな!という告白めいたことはお互いにしたことがなかった、つまり恋人間における「好きだよ付き合ってコール」の契りみたいなものはなかったわけではありますが、それなりに長い時間を一緒に過ごしたのです。

親友というか仲が良くて波長のあう人間というのはラクですよね。一緒にいて特別面白いとかいうわけでもないのですが、なんか無理せず等身大でリラックスして付き合える、暇な時間に「つまんねぇよな~」とか、そういう非生産的な時間すらも何の気なしにいられる、気兼ねのない関係、もし世の中がこういう人だらけ、という人は幸せです。 私の場合はこういう対人相手はほとんどいなくて、気まずい関係の人ばかりでした。嫌いなわけではなくて、遠慮して近寄れないのです。

そんな数限りない中での親友、それはさぞ人生の宝であり、その後も大事にしているだろう、と思われますよね。

でも実際は違うのです。

それが時間が経つとともに疎遠になるのです。 疎遠、とはいっても実際に一緒にいる時間が減る、というのではなくて、だんだんと気を使うようになってきて、親密さを深められないといいますか、ちょっと一緒にいると気疲れしてしまうようになるんですね。

以前まではその親友とは沈黙すらも気まずくなかったのが何か居心地悪く感じるようになるのです。

ふと、ある時、こういうことを意識し始めて気が付けばちょっと気疲れするようになってきてしまう。 人間誰しも、社会人になれば、遊ぶ時間も減り、仕事や家庭の事情で以前ほど時間を共有することがなくなってだんだんと遠のいていくものだとは思いますが、また少し事情が違って、なんか自爆しているような感じなのです。

 

 

普通は、経過時間とともに、この折れ線は上向いていく、もしくは天井を維持し続けていくような感じだと思いますが、これが難しい。。

別にケンカをしたとか、仲を切り裂くような一大事件があったとかではなくて、自然消滅していくような感じなのです。末期症状としては、相手の名前が呼べなくなります。名前が呼べなくなると会話が不自然になり、必死で相手に「名前が呼べない自分」を悟られまいとしてドギマギと取り繕い、さらに負のスパイラルに陥るという症状になります。