トイレで大便をしたあとドアを開けて出たときに誰かいたら気まずい、恥ずかしい
こ、こんにちは。コミュ障やっていますか。
さて、今日の話題は下世話な話ですが、まぁこのブログ自体そんなムード漂うものなのですが、
トイレで大便のほうに入っていて、誰もいないと思ってドアを開けて出たら誰かいた時に気まずい、という話です。
なんというのでしょう、これは特に学校や職場のトイレです。公衆トイレでは気まずさが薄まります。なぜかといいますと、やはりまるっきり知らない人だらけでその場でハイ、サヨナラな関係だからですね。
で、
学校や職場のトイレではなぜ、トイレした後に気まずいか、
あ、これ男子限定です。女子の場合はわかりません。
それは、
ウンコしたことがバレてしまうからなのですが、なんかウンコしたことが知られる、というのがこっ恥ずかしいのです。
まず、トイレに駆け込んだときに誰か知った先客が小便をしているときは、自分は本当はウンコしたいのに、小便のふりして用を足しきった感じでいったん終わらせます。 タイミングを見計らってリトライ、また誰からいたら同じくループなのですが、いよいよ誰もいない、となると、大便トイレに入ります。
ここで、隣の便器に誰か入っていたら、落ち着かないのです。
まず耳を立ててどんな動きをしているか呼吸を落ち着けてききます。
たいがいの場合は、隣のトイレで大便足しているやつは無神経で、あの濁音と半濁音のハーモニーを見事に奏でて、トイレットペーパーも運動会の一競技であるかのように高速で轟音を放ちながら巻き取っている様子がうかがえます。
そして、
こちらといえば、その隣のウンコの進捗度合を図らいつつ、おそるおそる音を立てないようにベルトを外し、忍者のごとくそっと便座に座り、便意は結構な勢いであるのに、まだ我慢して隣の様子をうかがいます。
そう、隣が出ていきそうな雰囲気を推し量っているのです。
できるかぎり敵(隣のやつ)が終わって出ていく(手を洗ってドアを開けた音がするまで)のを待つわけですが、
なんか長引きそうな雰囲気を醸していれば、もうさすがに待てないので、こちらも、いたすしかありません。
・・・呼吸を整えて、音を発しないように小出しに、力を入れつつ弱めつつを繰り返し、積み木を最上段に積むときのような慎重さで、また重要書類にハンコを押す時のような緊張感で、はたまた探偵が尾行するときのような気配りでもって、そぅっとそぅっと、排出するのです。
ここでしくじって、ビッっと小さな音が経つこともありますが、その瞬間は背筋がピシッと伸び目は見開き「ほょッ!」となるのです。
しまった!隣のやつに聞かれてしまった、あるいは、後から小便に入ってきたやつにドア越しに聞かれてしまったと、まるで、万引き犯が出口で店員に声を掛けられてしまった時のように仰天するのです。
時がとまるのです。
そのような格闘を終えたあと、あとは最後の仕上げ、お清めがあります。 そうウォッシュレットなり、トイレットペーパーで戦後処理にとりかかるのです。
その時も、周囲にまだ人気(ひとけ)があるときは、おそるおそる、挙動を最小限にして、まるでハイブリッドカーが音を立てずに徐行するような動きでもって、-どうせ中でウンコしていることはバレているのに- 一つ一つ処理していくのです。
で、後は脱出です。
終わりよければすべてよし、有終の美、立つ鳥跡を濁さず、色んな至言がこの世にはありますが、それだけフィナーレをスマートに済ませることが大事だということでしょう。
誰もいない、
音がしない、
最後の一人も、手を洗って出て行ったはずだ、もうこの空間に残る人類は俺一人、とドア越しに、まるで金庫破りの達人が耳を澄ませてダイヤルを合わせるように全神経を集中し、
「ガチャっ」
とドアを開け、目の前を見た瞬間、
あの、無防備でありながらも背中越しに人を威嚇するような野郎の、堂々たる壁が目の前に立ちはだかるのです。
その背中が知った背中だと分かると次の瞬間、
こちらは凍てつき、
気がつかないふりをして、
マラソンランナーが街頭の応援をスルーして懸命にゴールに向かうかのようなひたむきさで手洗い場に向かい手を洗い、逃げようとするも結局は身バレし、
「あ、ちゃっす」
と気まずい思いを隠すように取り繕うのです。
はい、いかがでしたでしょうか。
なんとも取るに足らない悩みだ、と思ったでしょうか。それとも共感されたでしょうか。
共感された方は、残念ながらコミュ障チックです。
どういうことか、
それは「感受性が鋭すぎる」「自意識過剰」であるのです。
つまり気にしすぎなのです。
人間がウンコするのは生理現象です。適切にそれをやる限り何も恥ずべきことはありません。
でも、
ウンコというものはこれはある種、自分の内面に潜んでいたものであり、これが人に知られるということは、いわば、感情の吐露に近いものがあります。
感情というものも、ウンコと同じく人の内面にあるものです。
これが外向的・社交的な性格の場合は、感情を表に出すことを拒みませんから、同じくウンコやオナラなんかも人前で堂々とPRできるのです。
つまり、ウンコをする行為になんらかの自意識を感じているあなたは、コミュ障の可能性が高い、というわけです。