職場でも家でもバカにされる
こんにちは、久しぶりの更新です。激務に追われてなかなかブログも更新できませんが、なんとか生きていますよ、と。
さて、それにしてもつくづく気の弱いワタシは多方面で馬鹿にされるな、と思わずにはいられません。
仕事、職場でも、知的障がい者のごとく言われ、まぁ、ワタシのコミュ障さを見れば発達障害と言わざるを得ないようなこともありますから、それも致し方ないことではあるのですが、
それにしても、
あまりにもバカにされ続けていると、人生の満足度が下がることは否めません。
どこかでバランスが取れていればいいのですが、家でも仕事でも、家族(嫁、子ども)や上司、先輩、同僚、後輩に馬鹿にされ続けているものですから、すっかり人間としてのプライドを育むことができず、
この世は罰ゲーム感、が否めないんですね。
でも、
よく考えてみれば、、
そう、バカにされているんじゃなくて、バカなので、バカに扱われるだけじゃないかと、改めて思うようになりました。
つまり、自分に対する評価と他人からの評価にズレがある。バカなのでうまく表現できませんが、ワタシが自分に対する評価を70点と判断しているとする、しかし、周囲は50点くらいで接してくる、こうなるとギャップが生まれ、ワタシはバカにされていると不満を持つわけです。
で、よく考えれば、主観よりも客観こそが真実なわけで、他人からの評価こそがワタシの価値なわけであり、つまり!
馬鹿にされているというより、馬鹿なのでありましょう。
だから馬鹿にされている、と不当に扱われている自分を嘆くのではなくて、それが自身の能力なのだと受け入れるようにしました。
今日も、嫁から新聞に載っている話題を振られ、それを見逃していたワタシ(家計が厳しい中、見聞を広めようとこのご時世、わざわざ紙ベースの新聞をとる交渉を嫁にしてなんとか定期購読契約をしているワタシです)に、
「アンタ!新聞読んでんの!?何見てんの!?」
と責めてきたのです。
ワタシは新聞なども本当はじっくりと見たいのですが、時間がとれず飛ばし読み状態の中で、また世の中の注目を集めるような話題に興味を示さない特徴があるがために、時にスコーーンと大きな見出しでさえも視界に入らず読み飛ばすことがあるのです。
それを指摘され、お前はわざわざ金銭払って何を読んでいるのかとか馬鹿にされるわけです。
で、職場では職場で、
イチから十まで、ではなくて1~1000まで説明しないと分からないポンコツだと扱われるわけです。
その通り!
そう、でもそれを認められるようになると不思議と腹も立たなくなり、
そうか、ここがダメなんだ!
と自分で気が付けるようになれました。
すると、人から受ける不当な扱い、、、
それすらも自身の成長の過程であると受け入れられるようになったのです。
嘘くせぇ!何かウソくせぇ!!
でも、それこそが素直になるということであり、
割とそう考えられるようになることでかなり好転し始めます。
馬鹿にされているんじゃなくて、自分はバカなだけで、
それならそれを受け入れる、その上で改善の努力をする、それで少しずつではなるものの周囲は変わっていく、そう考えるに至りました。