INFP型・HSPのブログ

MBTi診断INFP型でHSP、40代家庭持ち営業マンの日記

IQテストで高くありたい

「この問題が解けたらIQ120超え!」といったIQテストをネットとかで見ると、つい気をとられてしまいます。

もともと私は優等生として育ってきました。高校一年の時には模試で東大すらも圏内に収める勤勉家でした。

しかし思春期の深まる(?、少し遅いかもしれません。私には反抗期がなかったので、それが反動となったのかもしれません)高校二年くらいのときには精神の乱れというか若気の至りというか、はたまた悪友の誘いなんかもあり、また自らの理想を追うがあまり学問から離れてしまい学業成績の上では劣等生になりました。

もはや真面目君な自分に嫌気が指し、ちょっとグレていたほうがカッコいいというような羨望に駆られ、でも人を傷つけたり誰かに反抗するのは苦手でしたから、私なりに「人と違っていること」を目指しとんがっていました。 もっともそれが傍目にはただの変人、もしくは根暗な人間にしか映っていなかったかもしれません。

けれども、あんなに優秀な学生だった私が、結果的に学業でいい成績を収めるということに興味を失ってしまったのです。

いや、厳密にいうと、学校の勉強ができるよりいかにこの人生は何のためにあるのか?を考えている自分におぼれていたのです。

 

こういった背景を踏まえると、私は頭脳を図る物差しつまり知能テストなんぞは私の哲学の外の基準のように思えるでしょう。

しかし、私のコアに刻まれていて、どこかこの知能テストで高得点を出したいという欲求に駆られ、自らの知能をひっそりとでいい、確かめたいと感じるのです。

賢くありたいというプライドが、くすぶっているのです。

「能ある鷹は爪を隠す」などと自分に言い聞かせ、普段社会的にその存在をPRできていない自分を慰めるかのように。爪を隠すことが能ある鷹であることの証明にはならないのだけれども、普段爪を隠している私(大人しい私)である以上は能ある鷹でいたい、そのために知能を証明したいと考えているようです。

ただ、自分で書いていて自分でその傲慢さに嫌気がさします。

世の中にはたくさん自分より賢い人がいるということはその経験則から分かっているはずなのに。