INFP型・HSPのブログ

MBTi診断INFP型でHSP、40代家庭持ち営業マンの日記

会社はどこも宗教っぽい

もともと組織というものが苦手な私ですが、これは決して我が強くて自己主張が激しく周囲と衝突するから、という類のいわゆる起業家肌であるがため、、、ではありません。

逆でして、むしろ組織に溶け込むためにあらゆる方面に気を配らねばならずクタクタになってしまうがために辟易としてしまう、という性質のものです。 もっとも、傷つき、そして疲れて慣れてきて耐性がついてくるものなんですけどね。。そうやって私は嫌なものも嫌と言わずその環境に慣れてしまい、鉄の輪っかを足に嵌めたまま歩いている囚人のごとくそれが当たり前の状態となって生きています、ええ、もうその輪っかを外そうとすら思わなくなっています、むしろ身軽になった自分が何を求めているのか分からなくなってしまうのが怖いからではないでしょうか、目下の悩み事というのは、新しい悩み事を生まないためのアクセサリーなのかもしれません。そればかりに気を囚われていたら考えなくて済むから。。

というわけで前置きが長くなりましたが、私は結局は一人が好きです。人とのコミュニケーションが嫌いなのではなくて、一人で行動したいのです。仲間内でワイワイなどは求めていません。唯一、家族を除いては(さんざんドSな妻をなじってきましたがなんだかんだで私は彼女を求めているのです)。

そんなわけで、私は私らしくいたい、そのためには個人で生計を立てられたらいいのですがそんな技能もなく組織に雇われて生きていくしか生活費を稼ぐ算段を持ち合わせてはいません。

だからどこかに雇われて生きていくわけですが、いや、それにしてもどこに行っても感じることは、

宗教っぽい、会社はどこも宗教っぽい、

ということです。

いやもっというと、私は他人の家にいった時にもそう感じる性癖があります。なんだその生活嗜好は!とか変にカルチャーショックを覚えて、否、それはあまりにも私が井の中の蛙すぎて多様性を容認できるだけの器量がないのでしょう、「え?餅をきな粉で食べるの?砂糖醤油でしょう?いやそもそも醤油だけでしょう」とかこういうディティールの差異にすら頑なになってしまい、表向きは容認しつつも心のどこかで ”違う。。” という思いを払拭できずにいるのです。

しかしそれでも理性ではそれを認めなくてはいけない、この世は多様な価値観の集合体なんだと必死で理解しようという心の働きが私の内部で起きます。その際に、自我を崩壊させないためのセキュリティガード機能が働くのでしょう、

異質だ、この価値観の強要ともとれるこのムードは、宗教的だ、と感じてしまうのです。

だから結局どこにいっても新天地では、そういう風に感じてしまう自分がいるのです。

適応障害か、いや、でも悲しいかな、慣れてしまって障害は起こさず馴染んでくるんですね。

宗教っぽいと思いながらも結局自らがその型にはまる柔軟性は私にはあるようです。

でも本能が孤独を求めていて、結局はどこにいっても生きる上での違和感を禁じ得ないのです。